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[わたしはわたしである」という生き方

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トランスジェンダーである私。
毎日社会からの監視を受けて生活しているという感覚がどうしても抜けなかった。わたしは性適合手術を受けていない。だから戸籍の変更もしていない。いわゆる「完全なるトランス」ではないから、致し方ないとも思っていた。だが、実質それは、日々心と身体にくぎを刺されながら生きるようなもの。生存価値を疑い、最悪なことばかりが頭に浮かんだ。
性自認が生まれ持った性と合致していないこと、自分が異性の格好や生き方に適合することは、幼少期から感じていたこと。それには生まれ育った環境や、生まれながらの体質・体型・性格等も絡んでくる。自分がどういう人間として形成されるかということは、まさに千差万別だ。
誰しもが性適合手術を受けられ、または受けることを望んでいるということでもない。経済的な問題、身体の問題、心の問題。手術だけが全ての解決策ではないと思う。
わたしが今まで生き、そしてこれからも希望を持って生きていきたいと感じられている理由は、「わたしはわたしである」という生き方を得ることができたから。わたしというひとりの人間を、カテゴライズの色眼鏡を通すことなく、受け入れてくださる方がいるということを知ったとき、新しい道が開けた。
あなたがどんな人間かということを、人は誰も知らない。もちろん私もそう。だから人は、常に相手を受け入れる心、もっと相手を尊重して知っていく好奇心を持つべきではないか。自分自身がそう心がけ、人として相応しい生き方ができるようになったとき、もっと胸を張って「わたしはわたしである」と声に出して、生きていけるようになるだろう。